t_kahi’s blog

KNIMEやCellProfiler、創薬に関する記事と,日々のメモです

GOT-IT frameworkを用いた創薬標的バリデーションのススメ

こちらは創薬Advent Calender1日目の記事です!
今回は GOT-IT frameworkを用いた創薬標的のバリデーションについて紹介したいと思います.

はじめに

これまで過去の創薬アドベントカレンダーでもターゲットバリエーションについて紹介してきました.

2018年のAdvent Calendar
ターゲットバリデーションについて - t_kahi’s blog
2019年のAdvent Calendar
"Right Target"とは何か;AstraZenecaの5R frameworkから考えるターゲットバリデーション - t_kahi’s blog

今年もターゲットバリデーションに関連する題材として、GOT-IT frameworkについて紹介したいと思います.

GOT-ITとは「Guidelines On Target Assessment for Innovative Therapeutics」の略で、German Federal Ministry of Education and Research (BMBF)から資金提供を受けて設立されたGOT-ITワーキンググループによって示された創薬ターゲットアセスメントに関するガイドラインです.

詳細はこちらのWeb siteを参考にしてください.
GOT-IT (Guidelines on Target Assessment for Innovative Therapeutics) - Home

このGOT-IT frameworkに関する論文が11/16にNature review drug discoveryで公開されました.

www.nature.com

非常にまとまった内容でしかも誰でも読むことができるので、詳細はぜひ文献を読んでみてください.

本文献では、アカデミアで見出した重要な創薬標的やターゲットと疾患の情報を、どのようにして実際の創薬に応用するかの具体的な進め方をGOT-ITプロジェクトの提言としてまとめてあります.
この文献で示している「GOT-IT framework」によって、アカデミアの研究者がターゲットバリデーションを実行する際に、トランスレーションナル研究も意識することができ、製薬会社とのコラボレーションを加速させるのに約立つ、と述べられています.

正直、この内容はアカデミアに限らず社内でターゲットバリデーションに関わっている創薬研究者にとっても非常に役に立つ内容だと感じました.

このブログでは大まかな概要と個人的に重要だと感じたポイントについて紹介します.

GOT-IT frameworkについて

GOT-IT frameworkでは、ターゲットバリデーションのために5つのassessment blocksを設定しています.

AB1: target–disease linkage
AB2: safety aspects
AB3: microbial targets
AB4: strategic issues
AB5: technical feasibility

AB1は「target–disease linkage」ということで創薬標的と疾患の関連性について、どのような情報を集めて判断するべきかについてまとまっています.また、AB2「safety aspects」については、ターゲットに関連する副作用(On-target)をどのように評価し、標的としての妥当性を検証するかについて述べられています.

AB3「microbial targets 」については、創薬標的がヒト組織ではない時(具体的には菌やウイルスなど標的がヒト以外のケース)を想定した場合の一般的な評価手法や課題などについて述べています.抗菌薬の創薬の場合は、一般的なヒト組織を標的とする場合と薬効や副作用に関する検証プロセスが変わってきます(AB3は自身の経験も無いのでこの記事では言及していません…).

AB4「strategic issues 」は、創薬標的に対する薬が持つ臨床的な意義や商業的な実現可能性(IPなど)について検証すべき項目を整理しています.
AB5「technical feasibility 」については創薬を進めるにあたり、標的に対するアッセイ系の構築が可能か、バイオマーカーが利用可能か、といった実際の創薬プロセスにおけるスクリーニングカスケードの実現可能性についての項目を整理しています.

これまでのアカデミアの創薬においては、AB1とAB2(あるいはAB3)について重点的に実施されてきましたが、最終的に創薬プロジェクトとして進めるのであれば、AB4やAB5も重要になってくるということがこの文献では述べられていました.

AB1とAB2について

まずは標的の薬効についてです.この文献ではターゲットバリデーションの確度を高めるために「association」と「causation」を明確に区別することを上げています.これは標的の妥当性検証において非常に重要な視点だと思いました.つまり疾患と標的の間には因果関係があるのか、あるいは相関関係しか無いのか、ということです.

ヒト疾患で薬効を示す確度を高めるためには、「自然実験:experiments of nature 」、つまり遺伝的な変異とヒト疾患の関連性についての情報が重要になってきます.
もちろん、全ての疾患標的分子について明確な因果関係を明らかにすることは難しいので、複数のエビデンスを積み上げていくしか無いですが、標的が持っている潜在的なリスクを明確にしてプロジェクトのタスクに落とし込むことは必要だろうと感じました.

続いて毒性についてです.候補化合物の毒性というのは、プロジェクトの中止に直結します.最初からOn-targetのリスクを完全に把握することは難しいのですが、標的に関する情報を収集して、どのようなリスクがあるのかを明確にすることは重要です.

毒性にはOn-target毒性(創薬標的に関連する毒性)とOff-target毒性(薬剤の他の標的に関連する毒性)があります.
後者については薬剤の選択性や物性・代謝などが密接に関与しています.
一般的により低濃度で標的に作用する薬を作る理由の一つは、標的に対する選択性を高めてOff-targetの副作用リスクを低減させるためです(もちろん低濃度で標的を阻害しても選択性が全くないケースもあるので標的ごとにに議論が必要ですが...).

標的によってはすでに開発されたツール化合物がある場合もあり、それらを用いて薬効・毒性の程度を見積もることができます.ただし、ツール化合物は文献値通りの阻害活性なのか(新規性が高いほど,大抵文献値とは大きく乖離することも多い)選択性はあるのか?等をよく考える必要があります.

AB4とAB5について

AB4については創薬を進めるにあたって知財関連の確認や標的としている疾患のアンメットメディカルニーズがあるか、競合他社はいるのか、などの戦略的な側面からターゲットのアセスメントをします.

自分たちが実施する創薬標的とそのスクリーニングカスケード全体で他の特許を踏んで無いかを確認することは非常に重要です.創薬手法そのものが知財で保護されている可能性もあります.
また、創薬プロジェクトを始めるときには臨床的ニーズを明確化することも重要です(個人的にはまずここを明確化するのが最重要だと思います).患者さんが既存の治療では満足できていない部分(既存薬の薬効の程度・副作用・治療法・費用負担など様々)を定義することで、自分たちが開発しようと考えている薬剤の価値を定義することができます.

また、AB5の技術的な課題についても創薬を考える上では非常に重要なポイントです.
論文中ではAssaybilityという言葉を使用していましたが、標的に対する評価系を設計・構築できるのかというのは化合物を正しい方向へ最適化する上で必須です.

ここについては以前の記事でも重要視していたことと一致していてとても嬉しく思いました.

標的分子に対して適切なスクリーニングカスケードを設定できるか
ターゲットバリデーションについて - t_kahi’s blog

クリティカルパスの重要性

特に自分が勉強になったと感じた点に、「Critical path questions : CPQ」があります.
論文内ではそれぞれのassesments blocksに対して合計40のCPQが設定されており,これらの質問に回答することでどの部分がターゲットバリデーション全体で足りていないのか、どこに集中して取り掛かるべきなのかを明らかにすることができます.

クリティカルパスを明確にしてリソースを集中させて課題を解決することで、創薬標的に関するプロジェクトを最短で進めることができます.
また、クリティカルパス を設定することで合理的にGo/No-Go判断をすることができます.

恥ずかしながら自分はこの論文で初めてクリティカルパス、という考え方を知りました. これをきっかけにクリティカルパスにも関連しますが「クリティカルチェーン」という本を読んで、勉強になりましたので、ご興味がある方はぜひ参考にしてください.
「クリティカルチェーン」を読みました - t_kahi’s blog

クリティカルパスを設定してプロジェクトを進める目的は,必要な情報を整理して最短でプロジェクトを成功に導くために設定しますが、もちろんこれらは創薬標的ごとに設定する項目は異なり、絶対的な正解というのは無いです. プロジェクトの問題・課題は各プロジェクトごとの創薬標的や内部・外部環境に大きく依存するので,そのときの最適解を選んで進めていく必要があります.

当たり前ですが、当初の仮説と異なる結果が出てくる時もよくあります.この疾患には絶対にこの標的を狙えば良い、という正解はなく、情報は常に限られています.
限られた情報の中でプロジェクトを進める上で何が最低限必要なのか,どの段階でGo/No-Go判断をすべきなのかを考えて、適切に実行することが必要だとと強く感じました.

論文中でGOT-ITの考え方は、あくまでもHit化合物創出までの期間が対象であり、以降のHit to LeadやLead optimizationステージは対象外だと述べられています.ただし、この文献で示されているプロジェクトの考え方やクリティカルパスといった概念は、自分にとってはプロジェクト全体を進める上で非常に重要な考え方だと思いました.

「GOT-IT framework」やアストラゼネカの「5R」、ファイザーの「3 pillars」といった考え方は、創薬プロジェクトを進める上で巨人の方に乗ることであり、これらの考え方を理解した上で、自分たちはどのように創薬プロジェクトを進めていくのか、ということを考える良いキッカケになりました.

引き続き真摯に、楽しく、創薬に向き合っていきたいですね.

参考文献

Emmerich CH, Gamboa LM, Hofmann MCJ, et al. Improving target assessment in biomedical research: the GOT-IT recommendations [published online ahead of print, 2020 Nov 16]. Nat Rev Drug Discov. 2020;1-18. doi:10.1038/s41573-020-0087-3