こんにちは,@PKです.
こちらは,創薬アドベントカレンダー(Wet)4日目の記事です.
創薬 (wet) Advent Calendar 2019 - Adventar
創薬アドベントカレンダー1~3日目ではCellProfilerの使い方を紹介しましたが,(創薬Wet記事というよりはCellProfilerの使い方ばかりで"創薬感"が無かったので…)今回はターゲットバリデーションについての記事を書きます.
ターゲットバリデーションとは
ターゲットバリデーション
創薬のターゲット(標的)として適当な分子を選定すること.cDNAマイクロアレイやプロテインチップなどを用いて,疾患時に重要な働きをしている分子を同定することが可能である.
ターゲットバリデーション:バイオキーワード集|実験医学online:羊土社
ターゲットバリデーションは上記のように,疾患の治療標的として妥当な分子であることを示す,といった意味合いで使用されることが多いです.
去年の創薬アドベントカレンダーでもターゲットバリデーションについて紹介しましたが,このときは個人的に大事にしている視点として以下の3つを挙げました.
- 疾患の治療として,その標的分子の薬効メカニズムの理論構築に問題はないか
- 標的分子に対して適切なスクリーニングカスケードを設定できるか
- 誰よりも早く標的分子の阻害剤が取れる根拠は何か
3つ目の視点はFirst-in-classをかなり強くイメージしていたので一般性は低いかもしれませんが,最初の2つの視点はターゲットバリデーションを考える際に,今でも意識し続けています.
製薬会社において,ターゲットバリデーションは重要な仕事の一つですが,実際の進め方・判断基準については各社様々で,決まった正解がある訳では無いと自分は思っています.
一方で,これらの問題を解決するために,創薬研究の世界でもフレームワークのような考え方がいくつかあります.
代表的なものとしては,Pfizerの「three Pillars」やAstraZenecaの「5R framework」です[1][2][3][4].
これらのフレームワークは,臨床試験におけるPOC(Proof of concept)取得失敗の大半は薬効不足だと言われているなかで[4],POC取得の確率を高めていくためのツールとして重要だと考えられています.
今回は,AstraZenecaの5R frameworkの1つである"Right Target"の考え方を紹介しながら,ターゲットバリデーションについて最近の(個人的な)考えを紹介していきます.
AstraZenecaの5R frameworkと"Right Target"
AstraZenecaの5R frameworkは,下記の5つを指します[4].
- Right target
- Right safety
- Right tissue
- Right patients
- Right commercial potential
どの”R”も非常に面白いので,是非興味があれば論文を読んでください.
今回は”Right target”に着目して,ここで述べられている正しいターゲットとは?について紹介したいとおもいます.
(他のフレームワークについては他の専門家の方の意見を聞きたいです…!)
"Right target"について
"Right Target"のsummaryを以下に示します.
- Right target
- Strong link between target and disease
- Differentiated efficacy
- Available and predictive biomarkers
標的分子と疾患を結びつける
まずは,当たり前かもしれませんが,自身が標的としていターゲットが,治療したい疾患に対して,本当に正しい標的なのかを考えることが重要です.
新しい創薬ターゲットの多くは大学などの研究機関から発掘されることがほとんどで,文献情報を参考にしながら理論構築をすすめることが多いはずです(自分もそうです).
冒頭でも「疾患の治療として,その標的分子の薬効メカニズムの理論構築に問題はないか」ということをサラッと流しましたが,実はこの疾患と標的分子を結びつけることは非常に難しい問題です.
ご存知の方も多いと思いますが,約3分の2のプロジェクトにおいて,製薬会社の自社(in-house)データと公開されている文献データの結果が一致しなかったという報告[5]が過去にあったように,世の中の情報だけで標的分子が疾患に関与していることを示すのは非常に困難です.
新薬開発における問題の数々が知りたい方は,下記本をお勧めします.
読んでいて辛くなりますが,必読です.
生命科学クライシス―新薬開発の危ない現場
このような現状だからこそ,自分達できちんと妥当な標的かどうかを判断する必要があり,そこではWetの実験が不可欠だと思っています.
古典的な手法ではありますが,標的分子に作用する化合物やsiRNAなどを使って標的分子と報告されているメカニズム・疾患が妥当化を調査していくことも良くあります.
その場合,化合物やsiRNAは真に標的特異的なものは無く,常にoff-taregtの可能性は付きまとことを忘れずに,複数の化合物やsiRNAを使用する,もしくは両方を使って少しでも標的分子の疾患への関与の確度を高めていきます.
また,非臨床の段階では,げっ歯類などモデル動物を使った研究がほとんどですが,最近ではヒトの病態を反映した評価系で薬効を示すかを判断するために,ヒト組織(患者さん由来など)やヒトiPS/ES細胞を使用するケースも非常に多くなっています.このようなヒトiPS細胞を活用して複雑なフェノタイプ評価系を構築しスクリーニングを行う例も増えているようです[6].
ゲノム編集技術については,TALENやCRISPRを活用してターゲットの妥当性を検証することもおそらく当たり前のように取り入れられている技術かと思います.
AstraZenecaの論文でもMTH1遺伝子の例を取り上げ,KO細胞を使った試験によって実はMTH1に作用すると考えられていた化合物の薬効がOff-targetだった例を示していました[4].
ゲノム編集技術が簡便に利用できるようになった一方で,CRISPRを使ったフレームシフト変異のノックアウト細胞では,標的部位や遺伝子によっては複数の理由でタンパク質がノックアウトされない現象も報告されており[7],簡便=万能ではないことを改めて認識させられます.
上記で示したようにターゲットバリデーションを行うためには様々なツール(阻害剤,siRNA,KO細胞,ヒトiPS,フェノタイプ評価系などなど…)がありますが,大事なことは,どのツールも一長一短であることを理解して,標的分子が疾患の治療標的として正しい(だろう)ことを示し続けることです.
標的分子とバイオマーカー
バイオマーカーの存在も,"Right Target"の重要な要素です.
血液や尿などの体液や組織に含まれる、タンパク質や遺伝子などの生体内の物質で、病気の変化や治療に対する反応に相関し、指標となるものをバイオマーカーといいます。バイオマーカーの量を測定することで、病気の存在や進行度、治療の効果の指標の1つとすることができます。腫瘍マーカーもバイオマーカーの一種です
バイオマーカー:[国立がん研究センター がん情報サービス 一般の方へ]
ターゲット分子のメカニズムに対して妥当なバイオマーカーがあるかどうかで,非臨床・臨床試験の難易度は大きく変わります.
疾患モデルの細胞で薬効を示している化合物が動物で薬効を示すかどうかは,単に薬効だけでは決まりません.
化合物の標的に対する活性が強かったとしても,動物に投与した際に体内の標的とする細胞内の,標的分子に適切な濃度で作用できているかを直接見ることは不可能だからです.
in vitro評価系は,生体内・細胞内のシグナルの一部を切り出して,加工したものなので,厳密に生き物の薬効を予想することはできません.
バイオマーカーはこの状況を改善することができます.
例えば,細胞内標的を阻害したときに,標的分子のシグナル伝達の下流で分泌タンパク質Aの量が減ることが確認できたとします.その場合は,タンパク質Aがバイオマーカーとなります.
動物に対してその化合物を作用させた場合,タンパク質Aの量が減ることが確認できれば,おそらく細胞内の標的に作用していることを間接的に示すことができます.
動物レベルの試験で化合物の薬効がみられない場合に,いくつかの理由が考えられますが,
- その標的分子を抑えても疾患の治療に寄与しない
- そもそも標的分子を抑えることができていない
などが想定されます.
バイオマーカーを見つけておくと,もし仮に薬効が出ない場合に,標的分子を抑制できているのか判断ができます.
疾患のバイオマーカーがきちんと変動しているのに薬効が出ない場合は,標的分子の疾患との関係に問題がある可能性が高くなります.
正しい判断をすることで,そのプロジェクトの改善点を適切に見出すことができるようになります.
バイオマーカーがヒトへの外挿性があるならば臨床試験でその分泌タンパク質Aを見ることができれば,ヒトでも標的をきちんと抑えていることを確認することができます!
単に疾患との関連性が示唆されるだけでなく,標的に関係するバイオマーカーの存在も"Right Target"の重要な要因であることがわかります.
最後に
色々と発散してしまいましたが,(無理やり)まとめるとターゲットバリデーションを行う際には,"Right Target"である証拠を着実に集め続けることが良い創薬の第一歩だと今は考えています.
AstraZenecaでは,この2011年から5R frameworkを導入したことで,結果的に臨床のPOC取得の確率を上げることができたそうです.
興味深いことに,ターゲットバリデーションが理由で非臨床の創薬プロジェクトをクローズした割合は5R framework導入前後で15%から77%と激増しています.
これは,彼らがターゲットバリデーションの重要性を考え,実行し続けているからです[4].
もちろん,疾患によってはそもそもin vitro評価系を作るのが難しかったり,バイオマーカーが無いものもあります. そういった状況であっても,理想的な"Right Target"とはどうあるべきかを定義した上で,目の前の疾患と向き合うことが重要かと思います.
これからも,正しい創薬活動を続け,少しでも新薬創出に貢献していきたいです.
Reference
[1] Morgan, P., Van Der Graaf, P., Arrowsmith, J., Feltner, D., Drummond, K., Wegner, C. and Street, S. (2012). Can the flow of medicines be improved? Fundamental pharmacokinetic and pharmacological principles toward improving Phase II survival. Drug Discovery Today, 17(9-10), pp.419-424.
[2] Morgan, P., Van Der Graaf, P., Arrowsmith, J., Feltner, D., Drummond, K., Wegner, C. and Street, S. (2012). Can the flow of medicines be improved? Fundamental pharmacokinetic and pharmacological principles toward improving Phase II survival. Drug Discovery Today, 17(9-10), pp.419-424.
[3] Cook, D., Brown, D., Alexander, R., March, R., Morgan, P., Satterthwaite, G. and Pangalos, M. (2014). Lessons learned from the fate of AstraZeneca's drug pipeline: a five-dimensional framework. Nature Reviews Drug Discovery, 13(6), pp.419-431.
[4] Morgan, P., Brown, D., Lennard, S., Anderton, M., Barrett, J., Eriksson, U., Fidock, M., Hamrén, B., Johnson, A., March, R., Matcham, J., Mettetal, J., Nicholls, D., Platz, S., Rees, S., Snowden, M. and Pangalos, M. (2018). Impact of a five-dimensional framework on R&D productivity at AstraZeneca. Nature Reviews Drug Discovery, 17(3), pp.167-181.
[5] Prinz, F., Schlange, T. and Asadullah, K. (2011). Believe it or not: how much can we rely on published data on potential drug targets?. Nature Reviews Drug Discovery, 10(9), pp.712-712.
[6] Kokubu, Y., Nagino, T., Sasa, K., Oikawa, T., Miyake, K., Kume, A., Fukuda, M., Fuse, H., Tozawa, R. and Sakurai, H. (2019). Phenotypic Drug Screening for Dysferlinopathy Using Patient‐Derived Induced Pluripotent Stem Cells. STEM CELLS Translational Medicine, 8(10), pp.1017-1029.
[7] Smits, A., Ziebell, F., Joberty, G., Zinn, N., Mueller, W., Clauder-Münster, S., Eberhard, D., Fälth Savitski, M., Grandi, P., Jakob, P., Michon, A., Sun, H., Tessmer, K., Bürckstümmer, T., Bantscheff, M., Steinmetz, L., Drewes, G. and Huber, W. (2019). Biological plasticity rescues target activity in CRISPR knock outs. Nature Methods, 16(11), pp.1087-1093.